Interview 一緒に考えよう!業界のミライ

 

人材難が続く建設業界において、2024年4月に残業時間の上限規制が適用される。長年にわたり建設業界の労働問題に取り組んできた芝浦工業大学の蟹澤宏剛教授は、業界の人材難の問題を解決するためには、「働く人たちにとって魅力的な業界に変えていくことが不可欠である」と語る。その取り組みの一つが「建設キャリアアップシステム(CCUS)」である。蟹澤教授にCCUS誕生の背景と、業界の展望について話を聞いた。

「建設キャリアアップシステム(CCUS)」とは、技能者の資格や現場での就業履歴などを登録・蓄積し、技能・経験が客観的に評価されるようにすることで技能者への適切な処遇につなげる仕組み

教授は建築の専門家でいらっしゃって、社会学者や経済学者ではないですよね?

よく勘違いされますが、建築が専門です。自分も教え子たちも、ノミやカンナを研ぎますし、研究室の椅子は各自で設計してつくったものを使用しています。職人たちについて研究するときは、知ったかぶりじゃ教えてくれないから、こちらも真剣にものづくりの修業を続けているわけです。

(写真:蟹澤宏剛 氏
芝浦工業大学 建築学部 建築学科 教授 工学博士 国土交通省「専門工事企業の施工能力見える化に関する検討会」座長ほか。 専門は建築生産、建築構法 )

現場の職人の働き方、社会的な立場に興味を持たれたきっかけは?

今から30年ぐらい前、私が大学院生の頃のことです。建築現場の取材のあと、その会社の番頭さんに焼鳥屋に連れて行ってもらったのですが、彼から「蟹澤さんさ、職人の地位向上とか、職人学校とか言うけど、それどころじゃないよ。年金にも保険にも入っていないから、怪我したら明日から生活が立ち行かなくなる。ねえ、そうした問題を先にやりなよ」と言われたのです。まさかと思い調べてみたら、そのとおりだったわけです。

当時はまだ、社会保険が普及していない 業界だったのですね?

2008年、国土交通省の会議で、この業界における社会保険加入者が少ないという発言をしましたが、当時は誰にも信じてもらえませんでした。ところが、同省が3年後に調査をしたところ、東京都の公共工事の現場でさえ、すべての社会保険に入っている労働者は30%台しかいないという実態が浮かびあがったのです※1。この数値には誰もが驚き、「社会保険未加入対策」が具体的に動き出すこととなりました。もともと、ダンピングや重層下請けなど、経営の難しい業界で、社会保険の費用負担も決して小さくありませんから、二の足を踏まざるをえない企業もあったのでしょう。こうした施策の効果もあり、その後加入率は上がり続け、現在に至ります。

CCUSを着想されたきっかけは?

研究を続けていくなかで、私は日本の技能者の処遇や地位が低いことを憂慮していました。そこで、「職人」が見える形で定義されていないことに着目したわけです。イギリスでは、1995年に国家基準に基づく建設技能者を証明するCSCS※2を導入し、現在は85%が保有しているといわれています。CCUSはこうした海外のさまざまな先行事例を参考につくられました。

(写真:イギリスのCSCSのテキスト(現在はすべて電子化されている))

よく「業界のイメージ」を向上させる必要性を説いていらっしゃいますね?

例えば、事件報道で、被疑者が16歳、17歳で、「とび職」「塗装工」と職種が明かされることがあります。年齢からいっても経験の浅い人たちだと思うのですが、こうした人たちと本職の技能工が同じように思われてしまうのでは、長年の経験で得られた知識や技に対する敬意が損なわれかねません。CCUSは、働く人の技能を認定し、それを持たない人を安易に「職人」とは呼ばせないことにもつながります

働く人たちのことを考えている企業が 報われる時代に入ったということですね?

今や社会保険に未加入の場合、大手の現場には入れなくなっていますし、既に2023年4月には、公共工事でのCCUS準拠が原則必須になっています。将来的にはCCUSを持っている人がいるかどうかはもちろん、企業評価も含めて、入札時には、評価加点されるようになるべきでしょう。法律を遵守して、就業規則を設けるなど、正しくやっているところが、きちんと利益を生み出せる業界になるべきです。

2024年4月から残業時間上限規制の適用が始まりますが、対策につながるヒントはありますか?

日本の建設業は、「付加価値労働生産性」がほかの製造業の半分程度です。発注額が低すぎて会社の利益も少ないのに、多くの人が長時間働いている。私も、発注側に対して、不当なダンピングをやめることや、「働く人を大切にしている企業」の価値を評価することを提言しています。また、目の前の2024年問題に対しては、「稼働率」を改善することが有効だと思います。例えば、DXを使って「現場の見える化」を推進し、非作業、無駄な作業を削減することです。『大地』の読者の皆さんには、土木建設業の方も多いということですが、この領域においてはICTの導入が非常に大きな効果を生むと考えられます。それは、設計変更が少なく、建築などと違い職種も限られているからです。付加価値労働生産性向上の観点からも、ICTの人材難が続く建設業界において、2024年4月に残業時間の上 積極的な導入を検討してもいいのではないでしょうか。

この機会に業界のあり方を変えるには?

建設業の担い手を確保するには、働き手にとって魅力のある環境を整備すべきです。そうすれば、仕事へのモチベーションが高まり、業界のモラルも向上する。生産性も上がり、企業の売上げアップにもつながる。建設業界全体で労働者の利益になるサイクルを回していかないと、担い手は増えないでしょう。労働環境整備は、働き方改革における義務であると同時に、生産性向上の必須要件なのです。

2024年問題をきっかけに、どのようにすればこの業界を魅力的なものにしていけるか、ぜひ一緒に考えていきましょう。

※1:「建設産業の再生と発展のための方策2011」(2011年7月)
※2:Construction skills certification scheme(建設技能認証制度)